松家仁之『火山のふもとで』

火山のふもとで

火山のふもとで

 この佇まいはまるで、広い家のようだ。
 玄関となる入り口はひとつしかない。入ったときには何もわからない。あかりをつけて家の中に上がりこんでみると、部屋は無数にある。あたたかい部屋を通り、小さな部屋を経て、暗い部屋を訪れ、やがて寝室にたどり着く。そこで眠れば、すべては一夜の夢になる。覚めてみれば、これまで通りすぎていたことごとの、なんとはかない。
 あまりにも端正に、あまりにも居心地良く、あまりにも美しく、この家はある。そのたたずまいの、堂々として静かな様子に、反感など抱きようもない。隅々まで行き届いた手入れが、どうしようもなくリラックスした心地を連れてくる。
 それでもいまの時代、このぬくもりに満ちた新しい、それでいてどこか見覚えのある家が、売れるとは思えない。それを、ひとつの事実として受け止めねばならない。