浅田次郎『降霊会の夜』

降霊会の夜

降霊会の夜

 書くものがなくなったときには立ち戻るしかない。なにに? おのれ自身に。
 どんな人生を生きてきても、悔いはあるだろう。取り落としたものはきっとある。一回限り、リセットのきかない人生であれば、選べなかった道は無数にあり、得られなかった栄光は幻影として在り続ける。その思いを重ね合わせる夜に、これまで何度も夢想していながら、どうしてもたどり着けなかった夢の果てが降りてくることはあり得ることだ。
 すべては言い訳にしかならず、許されてもならない。たまたま思いついたふたつの罪科が、彼の人生のすべてであるわけはない。であれば尺は問題にならず、このかりそめの舞台の貧弱さだけが悔やまれてならない。
 すこしだけ、懐かしい小説家の声を聞いた気がした。それだけで、すこしだけうれしくなった。