内田百けん『冥途・旅順入城式』

冥途・旅順入城式 (岩波文庫)

冥途・旅順入城式 (岩波文庫)

 そちら側とこちら側を境目にするものはなにか。狂気・幻想と紙一重の世界に生きている。なにかひとつ異なればそちらに落ちる。日ぐれた道を歩くうちにふっと気配があやしくなることは誰にでもあることだ。そこに好んで潜む変に輪郭が明晰な夢もある。
 筆致は美しい。ことは恐ろしい。漱石の影響下にありながら、なおも川の向こう側へ踏み入っていく。あいまいになるからこそ明らかになるものはある。