瀬尾まいこ『おしまいのデート』

おしまいのデート

おしまいのデート

 出会いは変化の予兆に過ぎず、同じ人と会うことを繰り返すことで、変化ははじめて生活の一部に取り込まれる。取りこまれた変化はすでにイレギュラーではなく、それを取りこんだ自分は過去の自分からの変化を終えている。生活に取り込むことでしか出会いを自分の中に入れ込めない人種というのは、たしかにいるものだ。
 人との出会いは何かを変える。それはそうだ。ただ、一期一会ではどうにもできない不器用な人たちがいたって別にいい。ゆっくりと変わっていくこと。それまで会い続けること。
 なかなか会うことができないような組み合わせの方が、振り幅は大きい。ミスマッチは、なぜだか寄り道の楽しさを思い出させる。なにかがなければ最後まで自分の人生には登場しなかったであろう人たちとの出会い。そういうアクシンデントで人生は彩られていくのだ。そうして人は、おのれの器を広げていくものなのだ。