田中慎弥『共喰い』

共喰い

共喰い

 川が流れている。境界線は腐臭をまきちらして、土地に命を縛りつける。土に血が沁み込んでいる。血に土が混じっている。そこに川がある限り村は決して解放されない。
 血の愛憎を狭い村が許容できなくなったとき堤防は決壊する。水があふれ出す。川が氾濫する。こりかたまった土と血をすべて押し流して、破滅を越えて境界を破壊する。暴力的にあたりを制圧する。土にとらわれ血に縛られたあやうい均衡が崩れさる。清濁あわせて押し流す。因習はすべて清算され少年はみずからのいのちをみずからの手に収める。川辺にそそり立つ金属の塔は、グロテスクな性器でありとらわれていた彼の墓標を暗示する。それを背に、まだなにもない人生を前にして、かくして少年の物語は終わる。
 染みついた土と鉄のにおいに反して、少年による血みどろの闘争はない。すべては準備されたおそるべきカタストロフへ向かって流れていく。終局の足音は不審なほどに静まった村にうるさいほどに響きわたる。川の水が淀みながらも決して留まらないように、少年は流れにあらがう決闘を行い得ない。共感と解放感は残るが、闘争の意志は与えられない。中上健次が示したような強靭な生命のきらめきは、やはりない。