絲山秋子『末裔』

末裔

末裔

 ロードムービーのような小説といえば、絲山秋子にはすでに『逃亡くそたわけ』がある。あの逃亡が実に攻撃的だったことに対し、この旅は回帰のためのものだ。家族とは帰るべき場所であり足の踏み場である。
 こんなに想像力の豊かな作家はなかなかいないのではないかと思う。誰も見たことのない世界を描きだすのではなく、誰もがすぐ隣に持ちつつどうしても視界の及ばないところを鮮やかに描き出す。突飛な発想には決して頼らない。この小説家の物語は、どこかに生きているかもしれない人生を圧倒的にリアルに思い描くイマジネーションに支えられて屹立している。
 思い描かれた人間の、優しさや哀れさは十全に描かれている。ただ彼に未来がなかっただけの話だ。結局その血は弟が守っていくのだろうという皮肉な結末をもって幕は下りる。筆力には疑いがないけれども、この題材は絲山秋子にしか書けない話では決してないし、もっと言えば絲山秋子が書くべきような話でもない。
 帰るべきひとではなく、守るべきひとでもなく、戦うべきひとだと思っている。次の作品に期待している。