池澤夏樹『氷山の南』

氷山の南

氷山の南

 大きな世界と小さな世界を混ぜ合わせることで、ひとつの世界を描出する。円に含まれる部分とそうでない部分は、互いに影響し合って層を成す。
 ピュアでタフな少年の辿る足取りには、自負と誇りはあっても、同時にあるべき迷いはない。とても豊かな言葉で綴られた、豊かなひとときの物語には、吸引力がないかわりに中毒性がある。目を離せないわけではないけれども、目を離せば大事なものを取り落としまいそうな、そういう類の。
 船が進むように、物語は進む。ひとときも留まることはなく、航跡を描いたからには、海は姿を変えてしまうものだ。良くも悪くもないその変化を、捉えなおすのはいつだって受け手の仕事になる。